涅槃研究所なのに涅槃(ねはん)の話が全然出てこない、というご指摘をいただいた。
ごもっとも。
そこで今日は涅槃について少し書いてみようと思う。
しかし困った。
というのも、私、まったくもって勉強不足なので。
よくまぁ涅槃研究所なんていう名前をつけたものだ、と自分で呆れてしまう。
でも、涅槃の境地に憧れるのは本当だし、私自身の勉強にもなるので、
ときどき仏の道について書いてみようと思う。
ということで涅槃について。
涅槃とはどういうことだろうか?
ひとことで言えば、煩悩が無くなった安らかな境地をいう。
「涅槃」とはサンスクリット語の「ニルヴァーナ」という言葉を漢訳したものだが、「ニルヴァーナ」というのは、もともと「吹き消す」という意味である。
自分自身を焼き、苦しみをもたらす煩悩の炎を「吹き消し」、心安らかで満ち足りた境地に至ること、それが「涅槃」である。
では煩悩、煩悩と言うけれども、煩悩とは何か?
日常的にも結構使われる言葉なので、なんとなくはお分かりだろうと思う。
まぁ、激しい物欲だとか、エッチな欲望だとか、非合理的であったり自己中心的であったりする感情だとか……。
仏の道では、煩悩とは貪瞋痴(とんじんち)の三毒(さんどく)である、としている。
貪(とん)とは、むさぼり。
自分が好きなもの、気に入ったもの、自分にとって都合のよいものごと・状況に執着し、求める欲望。
瞋(しん)とは、いかり。
自分が嫌いなもの、気に入らないもの、自分にとって不都合なものごと・状況を憎む感情。
痴(ち)とは、おろかさ。
ものごとの真実のありようや、仏の説く真理に至らないこと。
つまり、涅槃とは貪瞋痴からなる煩悩を消すことで獲得される安らかな心境なのである。
しかし、煩悩を追求し、煩悩を満たすために頑張ることで、満たされる豊かさもある。
これまでの人類の社会、科学技術の発展も煩悩の存在なしにはあり得なかったし、個人にとっても、社会的に安定した地位や状況を求め、自分自身や家族の豊かさを望むのは当然のことである。
それでも、煩悩の追求には果てが無いことも確かだ。
いつまでも満たされることなく、次、次と執着し続ける。
仏の道においては、煩悩を消し去り、涅槃の境地に至ることを、究極的な目標としているのである。
長いお話におつきあいいただき、ありがとうございます。
面白かったでしょうか?
さて、今日のお写真は、京都の広隆寺にいらっしゃる弥勒菩薩さまです。

うーん、美しい。
これほど安らかで美しい表情を、私は知らない。